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2011年6月

2011.06.29

「茨城の山探検」オープン山行第6回を実施します

「茨城の山探検」のオープン山行第6回を下記の通り実施します。
第6回は鍋足山の沢の遡行とイワタバコの花鑑賞を考えております。参加ご希望の方は私宛のメールか、本件のコメントで連絡ください。(私のメールアドレスは、私のHPに記載しています)

1.第6回の実施日   2011年7月31日(日)

2.集合場所&時間  湯草入り口の路側(駐車可です)   8時
               (途中でトイレは済ましてきてください)

3.第6回の探検場所 鍋足山です。概略ルートは下記(地形図「大中宿」)
 ★湯草から不動滝の沢を進み、途中から右の枝沢に入ります。
  この沢はこれまで誰も案内していない沢です。(イワタバコの花鑑賞)
 ★この沢を抜けて南側尾根のルートに出ます。
  途中からトラバース道に入り谷を横断して向かいの尾根へ。
  また下っていつの通過する沢へ降ります。
 ★沢を直登して岩崖のイワタバコの花を鑑賞します。
  岩崖を登って3峰と480mピークとの鞍部に出ます。3峰で休憩。
 ★多分暑い日なので2峰経由で早めに下山する予定です。

4.参加者へのお願い事項
★「茨城の山探検」の山行は「探検」と付いている如く一般のハイキング道を歩く山行ではありません。しばしば地図に道のない尾根や沢などを歩きますし、薮漕ぎ、急斜面、岩崖・岩場など危険な所も通過することがあります。
★参加される方のレベルとしては、地形図を見て自力で山行が出来る方、乃至そのことを目標に訓練努力されている方を対象と考えております。ただ人に付いて歩くという方はご遠慮願いたいと思います。
★何方でも歓迎しますが、上記の事項についてよく理解し自己判断された上でご参加ください。山行については自己責任でお願いします。
★地形図を持参ください

2011.06.27

鍋足山南沢を登る(2011.6.12)

鍋足山の南沢は何度も上り下りしているが、一番奥の滝の上流の沢はこれまで一度しか遡行したことがない。沢の最奥まで遡行した後両側が岩崖のため抜け出るのに苦労したことを覚えている。この上流の沢の左岸の尾根を2峰から何度か下っているが、この尾根に登って来れそうな所があるのをこれまで観察していたので、一度下の沢から登ってみようと思っていた。夏場なので草木が茂って藪漕ぎとなりそうだがトライしてみることにした。

南沢2の滝は小さいが綺麗な滝で、今日はほとんど水が流れていませんでした。右岸を巻いて滝の上流を遡行する。奥の滝までには大きな滝が3つほどあるがいずれも巻道があるので少々薮はうるさいが遡行には問題がない。スハマソウの大きな株やモミジカサの畑を観察したりしながら奥の滝の手前まで来たら左岸の大岩が地震で落下して沢を埋めているのが見えた。近寄ってみたが通過するのに少し難渋する。
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奥の滝を巻いて上流に出てホッとする。沢の二股に出て一休み。ここからは左の沢に入る。ここから先は少し狭くなっているが、滝などはなく傾斜のない緩やかな沢です。所々草木が茂って藪漕ぎとなる所があるが所々広くなったりして雰囲気の良いところもある。
谷の終点より100m位手前に右側の尾根に登れそうな場所があるので取り付いて見たら問題なく尾根上に登りつけた。2峰の巻道に出てから鍋足山本峰へ行き昼食休憩。
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帰りはイワタバコの生育状態を見て帰ろうと3峰と480mピークの鞍部から急な斜面を下る。ぎっしりと生えているイワタバコやイワギボウシが生えている岩崖が間近に見えた。花芽はまだで、花が咲くのは7月の下旬だろう。
沢を下って三股に出て不動滝の沢を下りました。
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不動滝も水が少なくて見栄えがしませんでした。キノコやお花を観察しながら歩きましたがこの時期はこちらもあまり見栄えのするものはありません。でも山の中を独り静かに漫歩するのは楽しいものです。もちろん今日も誰にも会いませんでした。(終り)
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2011.06.26

奥久慈男体山(2011.6.9)

震災後男体山に登っているが、滝倉の沢から健脚コースへと抜けるルートはまだ歩いていないので、どうなっているかも知りたいと思いここから登った。下りはまだ一般コースを通っていないので下り道として降った。どちらも震災の影響を受けて落石などの影響を受けていました。

滝倉の登山口にはまだ奥久慈トレランの張り紙が残っていた。登山口には入らず沢コースに入る。途中エゴノキの花がきれいで沢の水にも落ちて広がっていた。
滝を巻いて上の植林の沢を登ってゆくと右に沢が分岐している所で上からの落石が幾つもあったようで、杉の木も折られて倒れていた。
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そこを抜けた後また傾斜が緩やかとなり谷が広くなって沢が幾つかに分かれている場所でも落石がある。コースにはほとんど関係ないようである。
そこから先は石のごろごろと積み重なった核心部の狭い所を抜けて一安心。右の尾根に取り付いて健脚コースに出た。山頂で昼食休憩をしてから一般コースを下った。途中の崩れた所は応急的に道が付け替えられており、問題ありませんでした。
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キスゲはやっと咲き始めた所です。いろんな夏の花を見ることができました。ヤマユリはまだですね。笹の花が咲いていました。テイカカズラは良い匂いです。漆の森も青々としていました。(終り)
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2011.06.25

自転車で遊ぶ(県民の森)(2011.6.6)

久し振りに自転車遊びをしました。私の場合は自転車でひたすら走るというのでなく、景色を眺めながらゆっくりと走って、気に入った景色の所では屡々停車して眺めたり写真を撮ったりという自宅から半径20km位の距離の地域の散策のようなものです。
歩いての散歩にはちょっと遠い所にも手軽に行けるし、自動車では通らないような道でも通れるので地域探索にも良い。そんなことで目的地に行くのにいろんなルートを通って楽しんでいます。

今日は県民の森まで行こうと小場江用水沿いに進む。県の植物園にも寄りたいと思っていたのだが途中で今日は月曜日なので休園であるのを思い出した。残念!
県民の森にはいつも歩きに来ている人がたくさんいます。今は森のカルチャーセンターが閉鎖されていました。地震の影響だろうか。子供の森の方へ移動して眺めの良いところで昼食休憩としました。
帰りは違うルートで帰ろうと那珂総合公園の前を通ってから台地の縁を通って七つ洞公園へと向かいました。途中の馬鈴薯畑の花が咲いていて綺麗でした。七つ洞公園の溜池の辺でまたしばらく休憩してから帰りました。(終り)
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2011.06.19

「茨城の山探検」第5回(小木尻の滝・明山等)の山行記録

総勢6名となりました。今回は降りと登りが4回繰り返すというトレーニングに良いコースとなりましたが最後は疲れました。

武生神社前に集合し、ほとんど歩かれることのない小木尻の滝の落口の所へと降りてから滝ノ下へ回り込んで滝を鑑賞。サラサラと流れる綺麗な滝です。
そこからシモン山から続く尾根上の・444へ登り返し小休止。今度は尾根を下って烏帽子岩の鞍部に降り、竜神川へ降りて昼食休憩となりました。ここは次の日(6/5)に行われる「奥久慈トレイルラン」のルートの一部のようで誘導の案内が置かれていました。
2枚目の写真は・444からの降り途中の岩峰からシモン山を眺めたもので、奥側のピークが554.9mの西久保三角点のあるピークです。
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そこからまた上山ハイキングコースに登り返し吸殻入れのある十字路に到着、すぐに町道へ下る。トレランはここの十字路から竜神川に下るようだ。町道をしばらく歩いて上山ハイキングコースの入り口を通り過ぎてから民家のある川沿いの径へ入る。
明山を西側の尾根から登り山頂到着。三角点に知り合いのエコバさんのメモを見つけた。今日は子供さん達を連れて明山に登られたとのことでした。記念写真を撮ってから亀が淵へ下りました。
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亀が淵から武生神社前に登り返して今日の一筆書きのルート歩きは完成しました。
武生林道に登り着く手前にも「奥久慈トレラン」の看板がありました。武生林道を男体山の方へと行くようです。(終り)
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2011.06.10

また三鈷室山三山巡り(2011.6.1)

私が三鈷室山を歩いてきた話をすると、私も久し振りに三鈷室山へ行きたいと妻がいうのでまた出掛けることにした。折角なので山友達も誘って総勢5名で歩きました。

前室山までは先日と同じルートで歩きました。先日三鈷室山を歩いた時には山の上ではちょうど蕨が出始めた所で、とても良い蕨がたくさん取れましたが、蕨を取りたいという方がいたので今回もルートの途中でまた蕨取りをしました。
前室山からは今回は漆平の集落へ下りましたが、林道から下は特に道はありません。植林帯ですがきれいに手入れのされた所で沢沿いは中々良い雰囲気の所でした。一人で歩くのも気侭で良いですが、5人くらいで歩くのも賑やかで楽しかったです。(終り)
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2011.06.09

三鈷室山・妙見山・前室山三山巡り(2)(2011.5.25)

((1)からの続き)
里川の三鈷室の碑のある登山口に着いて周りを見渡すと、民家のツツジが今満開でとても綺麗です。この辺の地域は私の住んでいるひたちなか市に比べると季節的に約3週間は遅いようである。
登山口に新しい地図の看板が立てられていました。ルートが点線で書かれていますが、最初の林道の分岐で左に行くようになっているが、以前標識に従って登ったルートは右に行くはずなのだ。点線のルートでも行けるが、標識通りに歩くとすると多分この地図の点線ルートは間違いだろう。
三鈷室の碑の看板を念のため見ると常陸太田市に訂正されていました。三鈷室の碑の彫られた字を見ましたが、鮮明ではありません。でも行基という文字は読めました。
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林道を進むと分岐に標識が立っていました。三鈷室山→と分岐を右に行くように指示されており、コマクサ会の文字が書かれていました。ここはやはり右分岐で登山口の地図とは違っていました。途中要所に標識があり、「山頂へ3462m」、「山頂へ2826m」などと細かく距離が書かれています。(登山口からは4168mとありました)
ずーっと植林帯の中ですがよく手入れされた杉の林で、地面には大きなシダが生えていて雰囲気の良い所です。
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やがて上の熊穴林道に登り着きます。標識があり2590mと書かれていました。ここから暫く林道を歩きますが、やがて標識が出てきて林道から離れて茨城/福島県境の稜線を歩くようになります。(1880mの表示)
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県境には土手が築かれています。その上に生えている木は大きな木もあるので大分昔に築かれた土手と推定される。八溝山にもこのような土手があったので明治時代に県が設置された頃に作られたものだろうか?
途中福島県側の伐採地からは八溝山方面が見えます。冬場なら塩原や那須方面の雪山も見えるところです。やがて「山頂へ100m」の標識に着きその先の広々とした広場に出ました。電波塔のある山頂までは一登りで、登る途中に山頂標識が木につけられていました。
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山頂は大部分が電波塔に占拠されていますが、南と東側の展望は良く、向かい側に里見牧場と風力発電の風車がよく見えます。東南東にはこれから行く妙見山と前室山が近くに見えていました。
ハイキングコースの大きな山頂標識がヤマツツジの前に立てられていましたが、今山ツツジが満開でこの前で記念写真を撮った後、石の祠の傍で昼食休憩としました。石の祠は地震で上の屋根部分が落ちたままでした。
山頂には「三古室」三等三角点が設置されています。場所はちょっと分かり難いですが地形図を見るとわかると思います。興味のある方は探してみてください。
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山頂を後にして暫く林道を進む。ヤマユリがぎっしりと生えている所があったが花が咲くと綺麗だろうと想像する。妙見山と前室山の周りには鉢巻のように林道がある。林道を辿っても行けるが大分遠回りとなるので途中から破線の山道に入ってショートカットしまた林道に出る。すぐ近くの赤い吸殻入れの所からまた山道に入って鉢巻林道に登り着いた。
二つの山の間の沢近くから妙見山に取り付く。道がある訳ではないが植林帯の中なので下木がなく歩き易い所を適当に登って妙見山の山頂についた。「漆平」四等三角点と石の祠があり記念写真を撮りました。
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次に前室山へ向かう。ついでなので地形図にある破線の道を探ってみた。微かに跡が残っていたが歩き易い訳でもないのですぐに離れて鞍部へと下った。鞍部からは昔の踏み跡が明瞭で、前室山の山頂へはすぐに着いて大きな石碑が目についた。石碑の表側には「前室山」、裏面にはここに前室山の石碑を立てた理由が書かれていました。
今日はここへ来るまでたくさんのユキザサ花を見ました。この季節にしか見ることができない可憐な花ですね。
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ここからの帰り道は鉢巻林道の西の端から伸びている林道を歩いてみようと考えていたので山頂から西へ下る。林道の入り口に「猿喰林道1号支線 2689m」と書かれていた。途中余り展望は良くなかったが、それでも三鈷室山と里川方面を見ることができました。
林道終点からは尾根の下りとなりましたが、すぐに間伐作業中の植林帯に出た。作業道があちこちに伸びているので下へ下へと適当に辿っているうちに下の林道に出た。
車道に出て素鵞神社に寄って駐車場所まで戻りました。民家のツツジが綺麗でした。(終り)
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2011.06.08

三鈷室山・妙見山・前室山三山巡り(1)(2011.5.25)

前室山の碑が昨年設置されたということを知ったので、久し振りに三鈷室山に出掛けることにし、ついでに妙見山と前室山を巡ることにしました。

三鈷室山は茨城/福島の県境にあり、電波塔が立っているので遠くからもよく目立つ山です。三鈷室山にはもう20年くらい前から山菜採りによく出掛けていました。山菜採りの時は福島県側から入りますので山麓から頂上へと何度も登っていますが、はっきりとした登山道はありません。茨城県側からは山頂まで林道が通じているので車で容易に山頂へ行くことができますので、こちらから山菜採りに来る人も結構多いようです。

茨城県側から三鈷室山に車で登ったことはありましたが、ハイキングコースが出来たと聞いたので2004.4.1に初めて歩いて山頂まで登りました。この時里川にあるハイキングコースの入り口に三鈷室の碑というものがありました。三鈷室山という山名もちょっと変わった面白い名前だなと思っていましたがその謂れなどが書かれていました。
4枚目の写真は山頂にある石の祠です。
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興味があったので三鈷室の碑について少し調べてみました。
石碑に彫られた文章は漢文で今は判読がむずかしくなっておりましたが、行基などという字は読めました。石碑は「里見村指定民族文化財」(今は常陸太田市指定民俗文化財と訂正されています)で指定年月日は「昭和57年7月1日」、管理者は「佐藤健一」となっています。上の写真にある教育委員会の看板に石碑碑文の概略が書かれているのでそれを記します。

由緒
この碑は、里川集落の開発と三鈷室山を中心とする山岳信仰が結びついたものである。概説すれば「宝亀7年行基太師が来訪して民衆に災いを及ぼす狼の害を除くため高峰を開き三鈷の室と名づけた。その後、数百年を経だてて、再び狼害が出はじめたので、更に前の峯を開いて妙見を祭祀し、里川集落の守護として現在に至っている」というものである。

もう少し詳しく内容を説明すると下記の通りです。

三鈷室の碑は、この里に出没した群狼を妙見菩薩の力によって調伏し平穏を得たことを記した碑で、この碑文を書いたのは「前鱗勝院主隆豊」で、碑を建てたのは「権大法印祐観」と刻まれており、寛政10年(1798)8月に、大塚祐観という僧が建てたものである。
隆豊と祐観という2人の僧が、土地の者に狼の駆除を依頼され、妙見菩薩を祀り調伏を行った結果、狼害が減ったというので、そのアピールも兼ねて碑を建てたものであろう。

碑文には、
≪宝亀7年(776)、行基菩薩が当地に来て、狼の害を取り除くため、害が最も多い三峰のまず中峰を開いて観音を祀り、前峰に霊符を置いた。その後、後峰に上って法を修し塚を築いてそこに金紋のついた法器を埋めたので、この三峰を三鈷室と称した。土地のものは祭祀を行っている間はよかったが、祭祀が途絶えた天明年間(1781-1788)には再び狼の害が多くなってきた。そこで前峰に妙見を祀って鎮護したところ群狼はいなくなり、平穏になった≫と記されている。

内容から推定すると前峰、中峰、後峰の三つの峰を三鈷室山と称したとあり、現在の三鈷室山(地形図に山名あり)、妙見山、前室山(この二つは地形図に山名無し)の3つの峰を合わせて三鈷室と言ったようである。その対応はどうなのだろうか?

2004.4.1に三鈷室山に登って山頂から展望した時、すぐ近くに(東南東方向)に三鈷室山と同じくらい高い山が二つ連なっていることに気がつきました。地形図で調べるとどちらも等高線880mまで書かれており、一つには三角点が設置してありました。三鈷室山にも三角点がありますが比べてみると
・三鈷室山 「三古室」三等三角点 870.6m
・妙見山   「漆平」四等三角点  879.9m
と三鈷室山より高い山でした。帰りに地元の方に聞くと地元では妙見山と呼んでいると教えてもらいましたのでその内に訪ねてみようと思っておりました。

そんなことで翌年の2005.2.5に漆平の集落から妙見山に登りました。集落からの登り口からは作業道がありましたが途中から消滅、適当に沢沿いに歩いて上の林道に出ました。林道を歩くと鳥居がありましたので、そこから急な道を登りました。中間と山頂に石の祠が置かれていましたのでこれが妙見菩薩を祭祀したものかなと思いました。この時はもう一つのピーク(前室山)には行きませんでした。
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2005.2.22 にも山友達と三鈷室山経由で妙見山へ行き、漆平へ降りました。
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これまでと今回の三山巡りで山頂に石の祠が祭祀されていたのは三鈷室山と妙見山で前室山には石の祠はありませんでした。そんなことから前峰、中峰、後峰と三山の対応を私なりに下記のように推定してみましたが確信を持てません。(前峰=前室という見方もありますね)
「前峰=妙見を祭祀=妙見山」「後峰=三鈷室山(一番奥で後ろだから)」「中峰=前室山(並びで真ん中であるので)」

大分前置きが長くなりましたが、以下三山巡りの記録を記します。((2)へ続く)

続きを読む "三鈷室山・妙見山・前室山三山巡り(1)(2011.5.25)" »

2011.06.07

小木尻の滝と・444ピーク(2011.5.21)

シモン山からの尾根続きの・444ピークから小木尻の滝との間は、これまで2度ほど上から沢を下って来たことがあるのだが滝から・444ピークへ登ったことがなかったので尾根ルートを辿ってみようと出掛けました。

武生神社鳥居の先の空き地に駐車して歩き始める。山道への入り口の所はもう夏草が生い茂っていて道があるとは思えない。植林帯の中の尾根を下って沢に着くとそこは小木尻の滝の落口である。下を覗くのは怖いので少し離れて見下ろすが、向こうの岸壁にはイワタバコがぎっしりと付いていました。沢の上流から少し回り込んで滝の下の沢に降りて滝を見物。余り水は流れていないがさらさらと岩を流れ落ちる滝で美しい。緑陰の中暫くじっと眺めていました。
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・444ピークへと繋がっている尾根の先端部は岩崖なのでそのままは登れない。右か左から巻いて登ることになるが、どちらにも昔の踏み跡の痕跡がある。兎に角進んでみようと左側の踏み跡の痕跡に入る。しばらくトラバースして結局これまで下りに使っていた左の沢に降りてしまった。引き返すのも面倒なのでそのまま沢を登りましたが、途中間伐した木が行く手を遮って歩きにくいところがありましたが大汗をかいて・444ピークへ到着。
木陰でゆっくりと休息しました。こんな所で一人でぼんやりと過ごすのが何故か好きですね。
地形図を見ながら上から尾根を下りました。途中にテープなどがありましたので歩く人もいたのでしょうが、テープの赤色が剥げているので相当前に付けられたテープのようです。尾根末端では左に巻いて下る踏み跡を見つけて下りました。
今回探検した小木尻の滝経由・444への尾根ルートは、第5回の「茨城の山探検」のルートとして使いました。(終り)
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